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DOリベイロ(Ribeiro)

DOリベイロ 「ガリシア最古のDO」

1,300 ヘクタールのブドウ畑と年間平均1,000 万キロの収穫量を誇るDOリベイロはガリシア最古のDOです。西暦1000 年代末にベネディクト会修道僧が農業を復興させて以来、この地では代々畑が耕され、そこで暮らす人々と共に耕作地としての進化を遂げてきました。DOリベイロにおいて、古来よりブドウ栽培者はこの地にとって重要な存在であり続けてきました。

現在、1,607 社のブドウ栽培者が登録されており、これに加え98 の「Adega」(醸造所)と「colleiteiros」(自家栽培ワイン生産者)が存在します(2026 年1月時点)。多様性と小規模農園こそがDOリベイロの特徴であり、その景観、土地、そこで働く人々全てがガリシアの遺産とも言えるリベイロのワイン造りの伝統を継承しています。

リベイロ リベイロ

DOリベイロの特徴の一つは、「Adega」(醸造所)と「colleiteiros」(自家栽培ワイン生産者)の区別です。「colleiteiros」とは、年間生産量が6 万リットル未満で、自家栽培ブドウのみを使用し、他の栽培者からブドウを購入できない醸造所を指します。一方、「Adega」は自社畑のブドウでワインを製造するか、他の栽培者からブドウ購入することができます。

リベイロのテロワール

DOリベイロはガリシアワイン産地の最西端リアス・バイシャス南部のすぐ東にあります。そこはOurense 県の北西、ミーニョ(Miño) 川、アビア(Avia) 川、アルノイア(Arnoia) 川が形成する谷の合流地点です。

リベイロ リベイロ

DOリベイロのブドウ畑は約1,300 ヘクタールに及び、アルノイア(Arnoia)、ベアデ(Beade)、リバダビア(Ribadavia)、カルバジェーダ・デ・アビア(Carballeda de Avia)、カストレロ・デ・ミーニョ(Castrelo de Miño)、センジェ(Cenlle)、コルテガダ(Cortegada)、レイロ(Leiro)、プンシン(Punxín)、およびリバダビア(Ribadavia)の各自治体、ならびにボボラス(Borborás)、オウレンセ(Ourense)、オ・カルバジニョ(O Carballiño)、サン・アマロ(San Amaro)、トエン(Toén)の一部地域を網羅しています。

気候

DOリベイロは大西洋から約45kmにある温暖な海洋性気候の小さなワイン産地です。リアス・バイシャスよりも雨風の影響を受けづらいですが、依然として雨が多く年間の平均降水量は約950mm、年間平均気温は14.5℃、年間日照時間は約1,915 時間(7 月~8 月が40%で最高、12 月~1 月が8%で最低)です。この産地ではやや内陸の山間という環境が海洋性気候から大陸性気候の移行帯という絶妙な微気候を形成し、ブドウ栽培にとって最適な環境を提供しています。西と北からこのDOを囲む山脈が大西洋からの影響を緩和します。

わずかな大陸性気候の影響により昼夜の寒暖差が大きくなり、ブドウはアロマと酸を保ちながらフェノールの成熟と糖分の蓄積をゆっくりと進め、これによりフレッシュでバランスの取れたブドウが育成されます。標高が高くなるにつれて海洋性気候の影響が強まるため、このDOでのブドウ栽培は標高450mまでに制限されています。

土壌

リベイロの土壌は主に三種類の土壌で構成されています。大部分は花崗岩質土壌で、より少ない割合で砂質ローム土壌とシルト土壌(silt)が混在します。その他に結晶片岩(schist)の変成組織やより肥沃な堆積物から成る土壌もあります。

注目すべきは「sabrego」と呼ばれる風化した花崗岩です。この土壌はリベイロ全域で豊富に存在し、DOリベイロのテロワールを独特なものにしています。ブドウ畑の平均深度は70~100cmです。表層には砂質土壌が多く、粘土の含有量は20%未満と少なくなっています。通常、土壌は酸性で有機物に乏しくカルシウム含有量が低いという特徴があります。

ほとんどのブドウ畑は段々畑です。これにより傾斜でのブドウ栽培が容易になり、さらに斜面により最適な日照条件を利用できます。DOリベイロのブドウ栽培は小規模なブドウ栽培者、複雑な地形と微気候、そして伝統的なブドウ栽培技術の活用を特徴としています。

リベイロ リベイロ

 

ワインの特徴

DOリベイロでは主に白ワインを生産しています。Treixadura(トレイシャドゥーラ)が最も多く植えられており、単一品種ワインまたはブレンドの主なブドウ品種として使用されます。最高級ワインはオーク樽で醗酵または熟成させることもあります。DOリベイロでは、Brancellao(ブランセリャオ)、Ferrón(フェロン)、Caíño Tinto(カイーニョ・ティント)といった土着の黒ブドウ品種の復興にも力を入れています。

Treixadura(トレイシャドゥーラ)
Treixadura(トレイシャドゥーラ)
Viña Costeira
Treixaduraを使用した
ヴィーニャ コステイラの白ワイン

白ワイン

DOリベイロの白ワインはDOリベイロの総生産量の90%を占め、高い熟成ポテンシャルを持つフレッシュかつエレガントで繊細なワインとして知られています。リベイロの白ワインはブドウ栽培者によって育まれた様々な土着品種と、それを絶妙なバランスでブレンドするワイン生産者によって生み出されます。熟した果実とフレッシュな果実やフローラルなアロマのバランスが良く、ほのかにはちみつやハーブの香りを持ちます。様々な料理との相性が良く食卓を華やかに彩るワインです。

 

リベイロワインの歴史

最も高価なワイン

ワイン産業は常にこの地域の生活の中心にありました。古代ギリシャ・ローマ時代の地理学者エストラボン(Strabo、紀元前64年頃 - 紀元後23年頃。代表作『地理誌(Geographica)』全17巻)の証言によれば、紀元前2世紀後半には既にリベイロでワインが飲まれていたことが示されておりこの時代のワイン用の陶器容器(アンフォラ)が発見されています。

3世紀には既にこの地域の気候に適応した様々な品種が存在していました。その後、ゲルマン民族の侵攻によってワイン栽培は大きな打撃を受けましたが、完全に消滅することはなくその伝統は守られ続けました。

この地域はイスラム教徒の侵攻をほとんど受けなかったため、リベイロのワイン造りはローマ時代から着実に発展してきました。中世中期に入るとワイン産業は再び興隆し、1000年頃には主要作物の一つになりました。この時代、ガリシア地方の複数の重要な教会組織が彼らの拠点へとワインを供給するための農園や修道院を設立し、修道院はブドウ栽培を促進させるために大きな役割を果たしました。

11世紀には有力な貴族たちや中規模、大規模地主たちもブドウ畑の購入に関心を示していました。リベイロワインの価値と貿易における重要性は、1133年にサンティアゴ・デ・コンポステーラで販売された食品価格とそれを定めた法令によって証明されています。その中で、リベイロワインは「最も高価な品」と定められたのです。

古代ギリシャ・ローマ時代の地理学者エストラボン
「彼らはワインが稀少であり、製造したワインは親族との祝宴で速やかに飲み尽くす」—古代イベリア半島のワイン文化についてのストラボンの記述*1
世界遺産サンティアゴ・デ・コンポステーラの旧市街
世界遺産サンティアゴ・デ・コンポステーラの旧市街。 キリスト教三大巡礼地の一つ。1133年、ここで定められた法令により リベイロワインは「最も高価な品」と記録された。

修道院の役割

リベイロワインはサンティアゴ巡礼路の庇護のもと、地元商人、イギリス人、オランダ人、アストゥリアス人、バスク人、そしてリバダビアの都市に不朽の遺産を残したユダヤ人商人を通じて欧州各地に流通していきました。

サン・クロディオ修道院のベネディクト会とシトー会の修道士たちはブドウ畑の復興の先駆者として大きな役割を果たしました。12世紀、修道院長ペラヒオ・ゴンサレスはその遺言でブドウ畑再導入の偉業を記し、リベイロワインの卓越した品質を称賛しています。

シトー会によって設立されたオセイラ修道院とメロン修道院の修道士たちはリベイロのブドウ畑の開発に取り組みました。オセイラの修道士たちがリベイロ地域の複数の地主とワイン栽培に関する契約を結んだことが示されている12世紀から13世紀の文書も発見されています。セラノバ、サン・マルティーニョ・ピナリオの修道院や、サンティアゴ、ルーゴ、オレンセ大聖堂の参事会も同様の役割を果たしました。彼らはリベイロ地域に移住し、広大なブドウ畑を所有するとともに、数多くの農園や修道院を運営しました。

13世紀の写本に描かれた修道士とワイン
13世紀の写本に描かれた修道士とワイン 『アルフォンソ10世の聖母マリア頌歌集』。この時代、修道院はリベイロのブドウ栽培とワイン生産の中心的役割を担っていた。*2
サン・クロディオ修道院
サン・クロディオ修道院。12世紀からリベイロのブドウ栽培復興を主導したベネディクト会・シトー会修道院

海を渡る

リベイロのワイン造りは15世紀から16世紀にかけて最盛期を迎えます。この時代、リベイロのワインは地域最大の富となり、高い評価を得て大量に生産されました。スペイン全土はもちろん、ヨーロッパ各地(フランス、ポルトガル、イタリア、特にイギリス)へ輸出さました。ワインは馬車で各港へ運ばれビスケー湾を経て海外へと運ばれ、主要港としてポンテベドラ、またビーゴ港、バイオナ港、ア・コルーニャ港も利用されました。
リベイロワインはさらに遠くへも運ばれました。

このワインは最初の入植者たちと共にアメリカへ渡り、新大陸で最初に味わわれたワインとなりました。1492年クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸を発見した際にリベイロのワインが船上に積まれており、1592年フェロール港から127樽(約26,500リットル)190レアル相当のリベイロワインがアメリカ行きの船に積み込まれたことが記録されています。

リベイロのワインが船上に積まれた
ことがわかる証言記録(1500年)*3
フェロール港
フェロール港

経済活動が活発になるにつれて違法取引も発生しました。そこで、リバダビア市条例は粗悪品や、疑わしい産地をリベイロ産と偽って販売しようとする不正行為を防ぐ目的で栽培区域やブドウの収量、取引に関する規定を定めました。この条例は、スペインの現在の原産地呼称(DO)規制の先例となりました。世界知的所有権機関(WIPO)は、この規定をスペイン法における地理的表示保護の最初の事例として認めています。

新しいリベイロワイン

16世紀から17世紀前半にかけて、リベイロワインは繁栄し発展を遂げ、19世紀にアメリカから伝来した害虫フィロキセラによる大打撃を受けるまで、リベイロワインはガリシア最大の富の一つでした。有名なセルバンテスの小説の中にもリベイロワインに関するいくつかの描写があります。

『犬の対話(El coloquio de los perros)』より

"...ahora salta por el licor de Esquivias, famoso al par del de Ciudad Real, San Martín y Ribadavia."

「エスキビアスの酒のために跳べ、それはシウダ・レアル、サン・マルティン、リバダビアの酒と並ぶ名酒だ」

『ガラスの学士(El licenciado Vidriera)』でも、スペイン各地の名酒を列挙する中でリバダビアを挙げています。*4

1890年以降、フィロキセラが蔓延したことによりアメリカ産台木への接ぎ木が必須となり、在来品種は耐病性・生産性の高い外国品種に植え替えられました。現在、DOリベイロでは再び土着品種への植え替えを行ないブドウ畑の再構築を進めています。過去数十年で新たなワイナリーが参入し新たな技術も導入されました。現在、DOリベイロでは歴史的なワイン文化を体現する最高品質のワイン造りを目指しています。

【参考資料】

*1 ストラボン『地理誌』3.3.7(ハーバード大学出版、1923年)/ *2 スペイン王室文化財 / *3 シマンカス国立公文書館所蔵ボバディージャ審問記録 / *4 セルバンテス『模範小説集』1613年刊(Project Gutenberg #61202)

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その他画像:panavac / 各取引メーカー及びDO